ガキの頃から 被害者 や 加害者 という言葉がきらいだ。
そして
ずいぶん前から 被災地 被災者 という文字が 嫌いだ。
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7月6日0時55分 親父が散歩中 後ろから車にはねられ天に昇った。
確かに親父は 被害者
そして俺は 被害者遺族
だけど そのレッテルをつけたまま
そんな服を着せられたまま
親父が あの世で かわいそうに といわれることに我慢がならない。
無念だね 残念だね もうちょっとやりたいこともあったろうにと。
そんなはずはない
親父はやりたいことをやり終えて
あえて 自らその死に方を選んで誇りたかく逝ったんだ。
自分なりに人生を全うして ゴールしたんだと。
事故現場のそばのセブンイレブンの防犯カメラに写ったその瞬間
親父は宙を舞い 痛々しく地面に落ちた
痛いよ 痛いよ つきささるほど 目に焼きついていまだ離れない
だけど 恨まない 恨めない
恨んだら 親父が 悲しむよ
責任さえとってもらえればそれでいい
それより
あいつの 生き様 そして 死に様 を 腹に落として
しっかり いきていかんとな。と。
山男だった親父の遺骨をもって 富士山に登り
頂上に石を積んで手をあわせた帰り
俺の車の前に 小さな 鹿が飛び出してぶつかった。
いったん転んで なんとか起き上がり
森に走っていったけど
これで 俺も加害者
だけどきっと それも 小さな鹿が
教えてくれた 命 命 命
すべてはめぐりめぐってる。
被害者でも 加害者でもあり
その悲しみを 背負い 苦しみを 撒き散らしながら生きている
そんな どうしようもない 存在なんだ。
だから 俺も親父も 被害者の 服は 着ない。
すべてを 飲み込んで ただ生き そして 死んでいく
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そして いま 脱 被災者
この人は 被災者という存在じゃない
この人は ここで生きてくことを選んで生まれた誇り高き人間だ。
俺がここにいる訳があるとすれば
被災者という 服を着せられてしまった人達が
自ら その服を脱ぎすてて ただの人として
強く そして 弱く 生きてく姿を見たいから
そして
いい気分になるために 支援者という服をきて
誇り高き人間を被災者扱いをする輩の けつを 蹴り上げるため
俺もそうならないように 己のけつを 蹴りながら。
みんな生きてる ちゃんと生きてる
みんな死んでく ちゃんと死んでく。